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こうあるべきから解放されて

先日、北海道に暮らす妹が、実家の母のご機嫌伺いで、実家に1週間近く滞在していた時に、私の家にも北海道の美味しいものをお土産に遊びに来てくれて、約1年ぶりに再会して、二人でおもっいっきりお喋りしました。   今日は北海道の妹が訪ねてくれて、今人気というお土産をもらった。既に北菓楼のシュークリームを食べちゃったので😋、明日いただくのが楽しみ。 二人で数時間おもいっきりおしゃべりしまくって、次は私が北海道へ遊びに行く約束をした。 やっとお互い親から自由になり、お互いの個で向き合ってるかも。 pic.twitter.com/yCTRvYgOnp — 紅谷柘榴 べにやざくろ (@wa53gen) April 10, 2024  私は子丑天中殺グループの生まれで、妹は戌亥天中殺グループの生まれで、二人とも見事に 親のカラーとは異なる人生を、それぞれに生きて、互いに50歳を過ぎて、それぞれの個性を含めた、その人らしさにやっと出会って、お互いの違いを含めて、受容しあい、会話を成り立たせることが出来るようになったなぁとしみじみと思えました。 それは、母の意向とか、母に認められたいという姉妹間の競い合いを意識するのではなくても、なんとはなしに、母を中心にしてしか、お互いを見て来なかった気がします。 私達の間にはいつも母がいた気がしてしまう。 私から見たら妹は、母の自慢のお気に入りの娘で、私自身は「出来損ない」の娘というスタンスだった。 でも妹から見たら姉である私は、母の心配を含めて、いつもその関心を寄せられていたと。 妹が、家族の中で生き残るアプローチは、「いい子」であることだったんだなと、悲しみも含めて理解した。 一方で私は、まったく親から理解されない、手のかかる「出来損ない」というポジションで抑圧と戦っていた。 2人で話していて、12歳の時には私は生きる意欲を奪われていたし、妹は12歳で母を諦めたと語っていた。 諦めてなお、娘としての責任や、人としての他者へのポスピタリティを貫けるのは、妹が牽牛星が効いていて、自らを落とさない。高齢の母に尽くしているのも、母のためではなく、自分が後悔しないためだと言い切っていた。 一方の私は、「もう来るな!」と全くもって理不尽に、何が気に入らなかったのか、その時の機嫌に任せていい放った母の言葉をこれ幸いと、コロナ以降この4年間、顔を合わせてない

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